順番が逆でした——バンコクで3か月システムを作ってから、許可を取りに行った話【創業日記 #58】
現在地です——出品17点、売上7,437円、評価9、販路2つ(2026-08-19時点)。今日は、古物商許可が届いた週に、あらためて気づいた「順番の間違い」の話です。
最初はバンコクにいて、約3か月ずっとシステムを作り込んでいました。ただ振り返ると、順番が逆でした。本来は先に許可を取り、仕入れて、売って、それから足りない部分をシステム化するべきでした。作る楽しさから入ると、売る資格が無いまま時間が溶けます。
| 今日の主眼 | 商売を始める順番を「許可→仕入れ→販売→仕組み化」に立て直し、そのために会社の骨格を自分の手で作り直した3か月を振り返る |
|---|---|
| 今日の一言 | 遠回りに見えた3か月が、実は必要な部品だったと分かった安心 |
東京では、そもそも許可が取れなかった
古物商許可を取ろうとして、まず住所の壁にぶつかりました。東京に自分名義の住所が無かったので、池袋で住所を借りて会社の本店を置きました。ところが古物商の申請には営業所の実態が要り、借りているだけの住所では通りません。
そこで新潟に住所を移して、あらためて申請し直しました。合わせて銀座にもオフィスを借り、5年前から浅草に残ったままだった住民票も動かしました。そのままになっていた銀行口座も含め、身の回りの届け出を一つずつ現在の実態に合わせていく作業でした。
会社の骨格は、司法書士に頼らず自分で作り直した
住所を移すのに合わせて、会社の手続きもまとめて動かしました。本店の移転、法務局での商号変更、定款の作り直し、取締役の交代。どれも司法書士には頼まず、自分で法務局とやり取りしながら進めました。
何度か窓口で書類を突き返されましたが、突き返されるたびに何が足りなかったかが分かります。1件数万円の外注費が浮くことより大きかったのは、会社の骨格を自分の頭で理解できるようになったことでした。
全部の設定が終わり、許可が届いた
ものすごい量の作業でしたが、全部の設定が終わり「あとは事業を回すだけ」の状態にようやく到達しました。振り返って思うのは、勉強にもなったし、成長したということ。これからは同じことの繰り返しです。
この3か月、心の中で整理しながら進めてきました。自分にとっては大きな一歩の事業です。
そして許可が届いた週、システムが初めて本来の仕事をした
許可が届いた週、3か月かけて作り込んできたシステムが、初めて本来の仕事をしました。スキャンで見つけた品を、その日のうちにeBayへ実出品したのです。青キジのフィギュアが21,974円、ヤマトのフィギュアが14,657円。2品とも、スキャンが見つけてから出品まで、自分の手はほとんど介在しませんでした。
遠回りに見えた3か月は、無駄ではありませんでした。部品は全部揃っていて、あとは許可という最後のピースがはまるのを待っていただけでした。
今日から使える形にすると
ひとつ。物販を始める順番は「許可を取る→仕入れる→売る→足りない部分を仕組み化する」です。作る楽しさから入ると、売る資格が無いまま時間が溶けます。私自身、3か月をこの順番の間違いに使いました。
ふたつ。会社の手続き(定款・商号変更・本店移転・役員変更)は、自分でもできます。法務局に書類を突き返されながらでも通せます。外注費が浮くことより大きいのは、会社の骨格を自分で理解できるようになることです。
みっつ。遠回りに見える期間があっても、そこで作った部品は無駄になりません。順番さえ間違えていなければもっと早く形になったはずですが、遠回りした分の部品は、許可が下りた瞬間にちゃんと役に立ちました。
明日やること
- システムからの実出品を、他の候補品にも広げる
- URL届出など、古物商許可に付随する残りの手続きを終わらせる
- 会社の骨格(定款・商号)を自分で作り直した経験を、次の判断にも活かす
この連載は、ゼロから会社を立ち上げ、大きくしていく過程をそのまま書き残す記録です。 きれいごとだけでなく、迷いや反省も出していきます。上の「現在地」の数字が号を追うごとにどう変わっていくか、一緒に見届けてもらえたら嬉しいです。 国内フリマ仕入れ×eBay輸出の実録はブログ一覧から読めます。